もう遅い
























ほんの一瞬
気を抜いたわけでも
手を抜いたわけでも
気をとられたわけでもない
ただほんの一瞬
視線を逸らしただけ

壁に背がぶつかって
相手の刃物が心臓めがけて
肉をえぐる前
ほんの少し掠る位で
終わることもあるって
そんなことココに居るやつは誰でも知っていた
そのまま刺されるならそれまでの話
そこまでは無いけど
でもそのまま行けば
布を切って
皮膚を裂いて
肉を割って
刃物のぶつかる音なんて
名前が呼ばれる声なんて
届くはずが無かったのに
いつもの
どうしようもなく慣れてしまった
何かが
悔しくて
馬鹿みたいで

いつもなら一気に上がってく血が
身体の中で逆流してくみたいに
どんどん下に落ちていく

唐突に思った
潮時だ
これはもう
だめだ
って

静かに
でも速く
残りの数人の首を掻っ切った
単純で
シンプルで
簡素で
面白くないやり方





「おい、ベル」
「帰る」
「待て」
「終わったろ?」
「・・・・」
何も言わないけど、
そうやって顔に全部出すの
職業柄どうなんだよ

心配をされることが不快だったわけじゃない
でも
こうやって
死ぬのを拒まれるのは
もうここじゃ
そういう関係じゃ
やっていけない

「ベル」
「何だよ」
「悪かった」
何が?とは
言えなかった
何は無い

向かい合うと
長いうっとうしい髪が
いつも通り触れるくらい近くにあって

右手で腹辺りを
ただ押した
「離れろって」
「・・・」
で、
その手をつかまれた
そのまま引っ張られて
抱きしめられるのもわかってて
どうやったら、拒めるかも
全部
ちゃんとわかってるけど

それでもやっぱり
俺もやると思った
あの時
俺も同じことをするんじゃないかって
思った
あの瞬間
それはダメだろ
いつもより腕が痛い

何でこんななった
馬鹿みたいにじゃれて
口喧嘩みたいな会話して
死ぬとか怖いとか
一度だって無かったのに
それなのに
死なれるのが
こんなに
これじゃ
もう
いやだ
「離れたい」
「そうか」
そう言う癖に
腕は弱まることも無い
突き放すことも無い
頭の後ろを押さえつけて
離してはくれない